実解析
解析学が調べるもの 事実
実解析は、実変数の関数を、ただひとつの道具——極限への移行——によって調べる。連続性、微分、積分、級数、すべてがそこに帰着する。
独立した結果の寄せ集めではない。ただひとつの性質のうえに建てられた構築物であり、その性質を抜けば全体が崩れる。
唯一の礎 事実
その性質が完備性である。R の空でなく上に有界な部分集合は、必ず上限をもつ。
解析学の主要な定理は、そこから導かれるだけではない。完備性と同値である。どれかひとつを認めることは完備性を認めることであり、その逆も成り立つ。
| 定理 | 内容 |
|---|---|
| 中間値の定理 | 符号を変える連続関数は零点をもつ |
| 最大値の定理 | 閉区間上の連続関数は最大値をとる |
| ボルツァーノ・ワイエルシュトラス | 有界な数列は収束する部分列をもつ |
| コーシーの判定法 | コーシー列は収束する |
ℚ のうえに建てたら 事実
完備性が何をもたらすかを見るには、それを取り去るのがいちばんよい。完備性を欠く Q のうえで、次をとる。
f(x)=x2−2([1,2]∩Q 上)
この関数は連続で、f(1)=−1<0、f(2)=2>0 である。中間値の定理が成り立つなら零点をもつはずである。もたない。零点は 2 であり、有理数ではないからである。
同じ穴が残り三つも倒す。2 の小数近似の列は Q のなかでコーシー列でありながら収束しない。有界でありながら、そこには収束する部分列がひとつもない。
微分も積分も極限である 事実
中心をなす二つの演算は、姿を変えた極限への移行にすぎない。
f′(a)=h→0limhf(a+h)−f(a)
リーマン積分もまた、幅が零に近づく長方形の面積の和の極限である。
どちらも、その極限が存在するという保証なしには意味をなさない。微分積分学が有理数だけのうえには建てられなかった理由がここにある。
「厳密」が意味するようになったこと 事実
解析学は長いあいだ、連続性と無限小についての直観に頼って動いていた。正しい結果は出たが、なぜ出るのかは分からなかった。
ε–δ 論法と R の明示的な構成が、その直観を検証可能な命題に置き換えた。得られたのは新しい結果ではない。どの定理がどの仮定に依存しているかを正確に言えるようになったことである。
まとめ
完備性を取り去れば解析学は止まる。その定理たちは完備性に従属するのではなく、同値なのである。
